結婚について



私が今まで惹かれた人は、ほとんどみんな風のように生きる人です。一つのところ、人に縛られたくないという考え方、自由に生きたいと思っている人です。私はそんな人に魅力を感じてしまうのです。でも、私自身はその人と一緒に(心も体も)成長して行きたいと思うのです。私自身はとても保守的な部分と開放的な部分の両面を持っているのだと思います。ですから私が魅力を感じた人にとっては、最初に見る私の開放的な部分に興味を持つのでしょうが、その内に私の保守的な部分にがっかり(?)する様です。私自身は結婚という神に対する宣言をして、ともに歩み成長するパートナーと出会えることをいつも願ってきました。
でも、何故私はそういうパートナーと巡り合えないのでしょうか?何故なんでしょうか?





あなたがあなたの求めるパートナーに巡り合えないのではなくて、これから巡り合うか、今まで巡り合った人たちとの関係が変化したから一緒にいられなくなっただけだ。何か理由があって、あなたとパートナーとの出会いが妨げられている訳ではない。だから、あまり深く考え過ぎない方があなたの為にはいいね。

そしてまず、結婚という社会制度とパートナーという存在を一緒に考えてしまうと、混乱することが多い。結婚したから安心だという訳ではないし、結婚しなければいけないという訳でもない。あなたとパートナーとの人間関係と結婚という社会制度とは何の関係もないからね。もしあなたが愛する人と二人っきりで、世界で二人っきりで生きているとしよう。そうしたら結婚をするだろうか。したければしてもいいが、してもしなくてもいいはずだね。そう、結婚とは対外的なスタンス、社会的な立場を明確にする制度であって、愛し合う二人の魂の関係にとってはどうでもいいことだ。結婚するためのパートナーを探そうとするより、本当の意味でお互いに学び合える、愛し合える人にお互いなるという考えをしっかり確立することが、あなたの役に立つだろう。だから結婚を神へ宣言する必要ももちろんないし、したければしてもいいが、その結婚が維持出来なかったとしても、罪を背負う訳でもない。だから、そう硬くならなくてもいいんだよ。

あなたに重要なことは自分自身を上手く表現し、相手に合わせることなく自分を自由に表現することだ。開放的な部分、保守的な部分、積極的な部分、消極的な部分、今のあなたにとってどちらが顔を出しているかを、いつも上手く相手に伝えなさい。そして、どちらもあなただと宣言しなさい。相手が開放的なあなたが好きだからといって、あなたは保守的なあなたを捨てることはない。もしそうすると、保守的なあなたはより強力なあなたとなって、「私に気が付いて!」と叫んでどこかで顔を出すだろう。また相手も非常に多面的な存在だ。まずあなたから出来るだけ正直になることで、相手も正直になってくれる。

あなたに別れを告げた人たちは、最後には本当のことをあなたに告げただろうか。あなたは本当のあなたを表現出来ただろうか。お互いが最もナチュラルにいることが出来るような関係ができる時、あなたは本当のあなたに気が付き、開放的なあなたも保守的なあなたも常に同時に存在していることに気が付くだろう。そして相手も同じだ。お互いがお互いの状態を認め合うことで、長い人間関係は維持される。表現された一つの顔だけでなく、あなたの中にはもっとたくさんのあなたがいることを、あなたが認めてあげなさい。そして、相手にも同じように多くの愛すべき存在があることを認めてあげなさい。

あなたがたは常に自分を映し出す鏡を求めている。愛し合うという人間関係は、自分自身を相手の中に見出し、その中で全く別の自分に出会い感動する。そういうことがお互い出来たとき、あなたはパートナーと巡り合ったと感じるだろう。そしてあなたの愛する人も、同じようにあなたを愛してくれるだろう。お互いの出会いと学びの中に、自分への覚醒があり、感動があり、愛がある。そういう関係が永く続く相手をパートナーと呼んであげなさい。











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