神さまの定義



神さまという言葉の定義、捉え方をお聞きしておきたいと思います。人それぞれ捉え方が違うと思うのです。
私のイメージしてる神というのは、無宗教でもあるのでキリストや仏陀ではないです。象徴がないんですね。「神との対話」の本は好きなので、その中で語られた神とは無であり、有であり、存在のすべてであり、すべてでないものも神であるというのが、なんか今のわたしの感じ方です。つまり日常にも自然にも人の言葉にも、目や耳に入る情報にも、いたるところに神がいて、神でない表現はないのではと思うのです。






その通りだね。そういう理解がもっとも神に近いだろう。キリストや仏陀が出現する以前にも、神は存在した。彼らはその道を示したマスターだ。あなたがたが正確に彼らの示した道をたどるのであれば、彼らの教えを信仰するということはとても良いことだ。そういう信仰はあなたがたのためになるだろう。だが宗教については別の機会に語ろう。

あなたの言うように、あなたがたの感じるもの、感じないもの、見えるもの、見えないもの、ありとあらゆる存在とそうでないもの、全てが神だ。そして特に自然は、ストレートにあなたがたの心にメッセージを届けることができる。人間を通して語られる言葉も同じくメッセージであるが、その場合は注意が必要だ。言葉をそのままメッセージとして受け取ると、理解ができなかったり誤解することが多いからだ。あなたに届いた言葉に意味がある場合もあるが、その言葉を発した人間の意識の奥底にメッセージがある場合や、その言葉を受け取った後のあなたの自問自答の中にメッセージが見つかることの方が多いだろう。

神の言葉かそうでないかは、あなたの心が教えてくれる。あなたの心は私の言葉に必ず喜び、愛を感じ、感動するからだ。そういう言葉を伝える人をメッセンジャーと言う。全ての人が私からのメッセージを受け取ることができるし、受け取っている。問題は意識的に受け取るか、受け取っても気がつかないかだ。神からのメッセージだと思わなくても良いが、あなたの心が喜んで飛び跳ねるときは、あなたを解き放ちなさい。そうすれば、あなたはもっと楽しくなるし、嬉しくなる。私も嬉しい。恥ずかしがったり、躊躇してはいけない。あまり難しく考える必要はないのだよ。

あなたの周りで一番純粋に私のメッセージを受け取り、素直に表現している人が必ずいるが、わかるだろうか。そう、子供たちだ。神という概念は彼らには無いが、彼らは心に感じたものをとてもストレートに表現できる。大人になるに従って、あなたがたは自分の感情を自分の中に閉じ込めようとしてしまう。ストレートに感情を表現して、傷ついたり、恥ずかしかったり、かっこわるいと思った経験があるからだ。だが、これは人間の自然な成長の結果ではないのだよ。私とのコミュニケーションのチャンネルを閉じているだけだ。そして、それはあなたがたの間違った環境と教育のせいだ。こういう成長は、あなたがたの役には立たない。悲しければ人前でも堂々と涙を流せばいいし、嬉しければ跳び上がって喜べばいい。恥ずかしいことではないのだよ。そういう意味では子供を見習えばいいね。彼らは神とどうコミュニケートしたらいいかを教えてくれる先生だ。

私はあなたの魂を通して話し掛けている。あなたがあなたの魂とコミュニケーションを取ることができれば、あなたは神と対話できる。約束しよう。あなたがあなたの魂を感じるとき、あなたの意識とあなたの魂と私は一体だ。そう、離れてはいられない。私はいつもあなたの側にいる。覚えておきなさい。私はあなたから離れている時はないのだよ。












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